大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)25470号 判決 1998年9月07日

原告

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

相川裕

小林容子

守屋典子

被告

社会福祉法人二葉保育園

(以下「被告二葉保育園)という。)

右代表者理事

梅森公代

被告

園武友(以下「被告園長」という。)

被告

乙川丙男(以下「被告乙川」という。)

右三名訴訟代理人弁護士

更田義彦

岩崎政孝

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金一〇万円及びこれに対する平成五年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は中学二年生になった平成四年四月から、中学校を卒業後専門学校に通っていた平成六年一〇月まで、二葉学園に在園していた者である。

被告二葉保育園は、養護施設である二葉学園を設置経営する社会福祉法人である。同学園は、調布市上石原二丁目<番地略>に所在し、入所児童(以下「園生」という。)数約四〇名、職員数約二〇名の規模の施設である。

被告園長は、二葉学園の園長である。

被告乙川は、被告二葉保育園の職員であり、二葉学園の栄養士として児童の処遇に当たっていた。また、当時少林寺拳法四段の有段者であった。

2  被告乙川は、平成五年三月二六日、二葉学園の園庭でサッカーをして遊んでいた原告ら園生五、六名に対し、サッカーを止めるよう注意したところ、原告らが従わなかったので、原告らを職員室に連れていった。

被告乙川は、原告以外の数名には、口頭で注意をしただけで職員室から帰したが、原告のみを職員室に残し、「いいから来い。」と言って関節技をかけ、当時職員室に隣接していた倉庫に連れて行った。

被告乙川は、倉庫の内鍵をかけ、原告に対し、腹部を強く蹴り飛ばす、倒れた原告の腕を引っ張り起こし、顔面を手拳で殴打する、防御している原告の腕を外して顔面を激しく殴りつけるなど執拗な暴行を繰り返した。

心配して倉庫の外に来た他の園生が、被告園長に通報し、被告園長が被告乙川を呼び出したので、被告乙川は、原告に対し、右行為について口止めした後、倉庫を出た。その後、被告乙川は、被告園長の指示により、再び倉庫に戻って原告を園長室に同行し、被告園長に対し、自己の暴行は認めながら、その経緯について一方的に弁明した。

被告園長は、原告に対し、「被告乙川が始末書を書くからこのことは終わりにする。謝ったからもういい。」などと述べ、原告の怪我の様子を確認したり、原告に医師の診断を受けさせるなど適切な対応をとらなかった。また、被告乙川に対し、適切な処分を行わず、原告に対し謝罪をさせなかった。さらに、原告や他の園生に事情聴取するなど本件の事実関係や原因を調査しなかった。

3  原告は、被告乙川の暴行により、口内裂創及び顔面・両腕・腹部等の打撲等全治四週間程度の傷害を負ったが、被告園長の指示により通院できなかったため、適切な手当を受けられなかった。また、原告は、被告乙川の暴行及びその後の被告乙川及び被告園長の不誠実な対応により、精神的損害を被った。

右肉体的及び精神的損害を慰謝するには二〇〇万円が相当である。

4  よって、原告は、被告ら各自に対し、不法行為に基づき、右損害賠償金二〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否反論

1  請求原因1は認める。

同2のうち、被告乙川が、原告に対し、食事時間に関する約束に従わなかったことを注意し、指導した事実があったこと、原告以外の数名は、口頭の注意を受けたのみで児童の居室に戻ったこと、被告乙川が、原告を当時職員室に隣接していた仮設倉庫に同行したこと、原告の顔面頬の辺りを平手で二、三回叩いたこと、その後、被告園長の指示により、原告を園長室に同行したことは認めるが、その余は否認する。

同3は否認する。

2  本件は、被告乙川が、原告の問題行動を注意・指導する過程で生じた偶発的な事件である。すなわち、原告は、暴力行動が多く、反抗的で指導が困難な児童であったところ、被告乙川が、平成五年三月二五日、原告に対し、無断で外出して食事時間に帰園しなかったこと及び前日に調理室から無断でパンを持ち出したことを注意すると、原告は、「てめー、うるせえんだよ。」「ぶっとばすぞ、こらー。」「なめてんのか。」「文句あんのか、てめー。」などと暴言を吐き、興奮して威圧的な態度を示したので、被告乙川は、原告には他人がいると意識してエスカレートする傾向があることから、原告を落ち着かせるため、人目のある職員室から隣接の倉庫に連れて行ったが、同所においても、原告は、「てめー、ぶっ殺すぞ。」「死にてえのか。」などと述べ、被告乙川の顔に自分を顔を近づけ、拳を握って威嚇するなどますます威圧的・挑発的な態度をとったので、「どうしてわからないのか。」と言いながら、とっさに原告の顔面頬の辺りを平手で二、三回叩いてしまったのである。

三  抗弁―民法七一五条一項但書、同条二項の選任・監督に付いての相当の注意(被告二葉保育園、被告園長)

二葉学園では、特に前園長であった小坂和夫(以下「小坂前園長」という。)が園長に就任した昭和六一年以降、児童の処遇上、職員はいかなる理由があっても児童を殴ってはならないとして体罰を禁止することを園の方針とし、被告園長は、これを受け継ぎ、職員に対し、日頃から体罰禁止の指導を周知徹底させていた。

四  抗弁に対する認否

否認する。

二葉学園では、当時、一部の職員により、体罰による処遇が日常的に行われていた。本件の被告乙川による暴行は、氷山の一角にすぎない。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  被告二葉保育園は、養護施設である二葉学園を設置経営する社会福祉法人であること、同学園は、入所児童数約四〇名、職員数約二〇名の規模の施設であること、被告園長は、同学園の園長であること、被告乙川は、被告二葉保育園の職員で、二葉学園の栄養士として児童の処遇に当たっていたこと、当時、少林寺拳法四段の有段者であったこと、原告は、中学二年生になった平成四年四月から中学校を卒業後専門学校に通っていた平成六年一〇月まで、二葉学園に在園していたこと、被告乙川が、本件当日、注意に従わなかった原告らに対し、指導した事実があったこと、原告以外の数名は、口頭の注意を受けたのみで職員室から帰ったこと、原告のみが職員室に残り、被告乙川が、原告を当時職員室に隣接していた仮設倉庫に同行したこと、被告乙川が、原告の顔面頬の辺りを平手で二、三回叩いたこと、その後、被告園長の指示により、原告を被告園長室に同行したことは、当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実と証拠(甲二号証の一部、乙一ないし四号証、五号証の一部、六ないし一二号証、原告本人、被告乙川本人の各一部、被告園長本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する甲一ないし四号証、乙五号証の記載、証人中村勢津子の証言、原告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。

1  原告は、幼いころから被虐待児であったため、小学一年生の秋から養護施設である杉並学園に措置されることとなったが、在園児や職員に対する暴力行動が多く、反抗的で指導が困難であるとして、東京都児童相談センターの一時保護所に保護された後、再び養護施設で生活することになり、平成四年四月、二葉学園に入園した。

原告は、二葉学園に入園した後も、他校の生徒との喧嘩(三中つぶし事件)、万引、喫煙、街頭での警察による補導及び無断外出等の問題行動を起こしたので、職員会議で原告の処遇方法が議題となり、職員は、注意して処遇に当たっていた。平成五年三月当時の原告の担当職員は、中村勢津子(以下「中村職員」という。)及び相川富哉(以下「相川職員」という。)であった。

2  被告乙川は、栄養士として、食事指導を中心に児童の処遇に当たっていた。特に、規則正しい生活習慣を身につけさせるためと同時に、当時、二葉学園は改装工事中であったため、食事時間について制限し、決められた時間内に食事をするよう指導を行っていた。しかし、原告は、職員に無断で外出し、食事時間内に帰園しないことがしばしばあった。

被告乙川は、平成五年三月二四日ころの午後一〇時ころ、原告ら数名の在園児童が、決められた時間に夕食をとらずに、居室で朝食用の食パンを食べているところを現認したので、注意した。

原告ら数名は、翌日、職員に無断で外出し、午後二時ころ、食事時間に遅れて帰園したため、被告乙川は、職員室において、原告らに対し、食事時間を厳守するよう注意したところ、原告以外の数名は、右注意に従ったので、職員室から帰したが、原告のみは、右注意に従わず、被告乙川に対し、「てめー、うるせえんだよ。」「てめーにいちいち言われる筋合いは無いんだよ。」「ぶっとばすぞ、こらー。」「文句あんのか、てめー。」「ガタガタ言ってんじゃないよ。」などと暴言を吐き、顔を近付けて威圧する挙に出た。

当時職員室には、他にも職員がおり、被告乙川は、他の職員への迷惑と原告が興奮して話にならない状況となったことから、原告の肩口と腕のあたりをつかんで押し出すようにして原告を職員室に隣接する仮設倉庫に連れて行った。

被告乙川は、右倉庫において、原告を落ち着かせようとしたが、原告は、ますます居丈高になり、「てめー、ぶっ殺すぞ。」と言って拳を握って接近してきたため、被告乙川は、とっさに原告の顔面を二、三回平手打ちにした(以下「本件暴行」という。)。

当時の両者の体格は、原告は、身長一六六センチメートル、体重六一キログラム、被告乙川は、身長一六二センチメートル、体重六三キログラムであり、上背は原告の方が上回っていた。

3  他の園生が、原告が被告乙川によって仮設倉庫に連行されたことを被告園長に告げたため、被告園長は、仮設倉庫にかけつけ、被告乙川に対し、原告を園長室に同行するよう指示した。

原告は、被告園長に対し、仮設倉庫で被告乙川に顔面をぶたれたと述べた。

被告園長は、原告に対し、怪我の有無を問い質し、痛みがひどければ二葉学園嘱託医の原医師へ診察を受けに行くよう指示したが、原告は、「いいよ。」と答えて病院には行かなかった。被告園長は、外見上は外傷を認めなかった。

被告園長は、被告乙川から事情を聞き、被告乙川に対し、口頭で厳重に注意するとともに、始末書を提出するよう命じた。被告乙川は、約二週間後、平成五年三月二五日付けの始末書(乙四)を提出した。

被告園長は、その後、新年度の職員会議において本件暴行をとりあげ、体罰禁止を厳命した。

4  原告は、本件暴行以前である平成五年三月一五日、部活動のサッカーで足を痛めたため、担当である中村職員及び相川職員が不在であったにもかかわらず、一人で判断して調布病院に行き、慶應義塾大学病院(以下「慶応病院」という。)への紹介状を得てきた。

原告は、本件暴行の直後である三月二七日と二八日は、祖母と母親の元に帰省し、三月二九日には、中村職員の付添いの下、かねて予約していた慶応病院のスポーツクリニック科で足の検査を受けたが、家族、中村職員及び同科の医師に対し、本件暴行による痛み等を訴えた形跡はない。

さらに、原告は、四月一日には、中村職員の付添いの下、品川児童相談所のカウンセリングを受けたが、相談員に対して本件暴行による痛み等を訴えた形跡もない。

5  原告は、平成六年三月、中学校を卒業し、同年四月から二葉栄養専門学校に入ったが、その後、二葉学園の職員に対して暴力を振るうようになり、大河内義貴職員に対し、肋骨を折る大怪我をさせたほか、鈴木修職員、奥野謙介職員、中村職員に対しても暴行を加えたりしたので、平成六年一〇月から、二葉学園に在籍したまま、高齢児等の自立援助施設である三宿憩いの家に移ることになった。しかし、原告は、同所にもなじめず、平成七年一月一六日から一〇日間、再び二葉学園に戻って生活した。

右のとおり、紆余曲折はあったものの、原告は、平成七年三月、二葉栄養専門学校を卒業して調理師の資格を得、日本料理店への就職が内定した。原告は、このことを喜び、二葉学園の卒業生を送る会にも出席して、同学園を円満に卒業した。

平成七年、被告二葉保育園は、本件暴行当時原告の担当職員であった相川職員を解雇したが、同職員は、これを不服として地位保全の仮処分を申し立てた。原告は、右裁判において同年八月二三日付けの陳述書を提出し、本件暴行から二年九か月後の同年一二月二三日、本訴を提起した。

6  二葉学園では、小坂前園長が園長に就任した昭和六一年以降、体罰の禁止を園の方針としており、被告園長も、平成三年四月、園長に就任するに当たり、その方針を承継した。二葉学園の平成五年度事業概要(乙二)の養護方針には、「二葉学園は、体罰の行使、暴力の是認をすべきでないこと」を明示しており、その理由として、「様々なかたちで精神的あるいは身体的な苦痛をうけてきた児童は、人間不信、服従やあきらめ、葛藤をいだいており、二葉学園でさらに力で押さえることは、決してそれらをときほぐすことには結びつかず、むしろ人間の尊厳を否定する考え方につらなるからである。」ことを挙げている。そして、被告園長が園長に就任後、本件暴行以外に職員の園生に対する暴力行為が問題となったケースはない。

三  右事実関係の下で判断する。

1 本件暴行が体罰に当たることは明らかである。

2 ところで、二葉学園は、児童福祉法七条、三五条四項、四一条の規定に基づく児童福祉施設であるが、同施設における監護、教育及び懲戒に関する措置については、学校教育法一一条ただし書きのような体罰禁止の規定はない(同法四七条)。

学校教育法が予定する教育及び懲戒と児童福祉施設における監護、教育及び懲戒との質的な差異(児童福祉施設においては、親権の代行及び監護が含まれている。)にかんがみれば、前者についての一一条ただし書きが当然後者に準用又は類推適用されると即断することはできないが、前記認定事実によれば、二葉学園は、園の養護方針として体罰の禁止を掲げていたことが認められるから、被告二葉保育園はこれに自縛され、これにより本件暴行の違法性が基礎づけられると解すべきである。そうだとすると、被告乙川については、他の違法性阻却事由についての主張はないから、民法七〇九条の規定により原告の被った損害を賠償する責めに任じなければならない。

3 次に、被告二葉保育園及び被告園長については、園の養護方針として体罰禁止を掲げていたことは認められるものの、本件暴行の発生を防止し得なかった点において被告乙川の監督につき相当の注意をなしたとは未だ認められないから、それぞれ同法七一五条一項本文及び二項の規定により、同様、原告の被った損害を賠償しなければならない。

4  そこで、原告の被った損害の額について検討するに、前記認定事実によれば、本件暴行は、被告乙川が原告の規則違反を注意したのに対し、原告が、これに従わず、かえって、前叙のような暴言を吐き、顔を近付けて威圧するなどの反抗的、挑発的な言動をとったことに誘発されてなされた偶発的なものであること、本件暴行の態様、原告に傷害がなかったこと、被告乙川は、本件暴行をしたことを深く反省し、始末書を提出したこと、被告園長及び被告二葉保育園も本件暴行のような体罰は二度とあってはならないこととして原告に謝罪及び遺憾の意を表明していることその他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、損害の額は一〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

よって、原告の請求は、被告ら各自に対し、金一〇万円及びこれに対する不法行為以後の日である平成五年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙柳輝雄 裁判官足立哲 裁判官中田朋子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例